ドイツの大学で学位をとった後の話 [卒業時期がコロナ渦とかぶった者の末路]

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プロローグ

学位取得後の話に入る前に、それまでの経緯などをざっくりとまとめておく。

私は2017年の10月から2020年の8月までドイツにいた。ドイツにいた理由は修士の留学であり、ミュンヘン工科大学というところで勉強していた。

授業がすべて英語で行われたということもあり、留学当初はドイツ語がまったくできなかった。だが、語学パートナーの助けなどもあり、卒業時にはB1レベルに達していた (本当はB2にたどり着きたかったが、専門科目の学習との両立もありそれは叶わなかった)。

前置きはこのあたりにして、ドイツの大学で修士号をとる少し前のところからこの記事を書いている現在 (2021年5月) までを振り返ってみたい。

卒業がコロナのロックダウンとかぶる

2019年から2020年の4月にかけて、私はドイツの片田舎で修士論文を書いていた。論文はドイツ企業との共同執筆であり、それが終われば晴れて修士号取得という感じであった。

修士を終えた後は論文を書いた部署でフルタイムの仕事をしたいと思っていた。仮にそれがダメだったとしても、ミュンヘンに戻れば仕事があるだろうと楽観視していた。

ちなみに、同じ修士のプログラムにいた友人は、私より先に卒業してドイツで仕事を見つけていた。次は自分の番だと思っていた。そう信じて疑わなかった。

しかしながら、コロナの爆発感染によって事態は急変してしまう。

ニュースで初めてコロナのことを聞いた時 (2021年2月頭) は対岸の火事程度にしか思っていなかったが、その1ヶ月後にはヨーロッパ全土に感染が広がっており、各国がロックダウンを始めていた (自分のいたところはそこまで厳しくなかったが)。

感染拡大の影響により、旅行ができなくなったり、レストランが閉まったりとたくさんの規制がかかった (みんな知っていると思うが)。当然のように、仕事はリモートワークに切り替わった。本来は対面で行われるはずだった修士論文の発表も急遽オンラインで行われることになった。 

無事に修士号を取得できたのはよかったのだが、論文を書いた部署には空きのポジションがなかったため、そこに残ることはできなかった (実はほかの部署のポジションを勧められたのだが、あまり自分のやりたいことではなかったため断ってしまった)。ただ、それまでの契約を延長してもらう形で、4月と5月はパートタイムとして残ることができた。

ロックダウン中に仕事を失うという事態は免れたが、6月以降にぷー太郎となるのは不可避だった。田舎に残っても仕事がないことはわかっていたので、契約が切れると同時にミュンヘンに戻った。

自分の進路に対する迷い

修士が終わった後の進路として、ドイツで現地就職、大学に残って博士課程に進学、日本に帰って就職の3つが主に考えられる。

自分は学位取得後ドイツに残ると決めていたため、日本での就職活動は一切していなかった。日本の企業に新卒で入るとうのは選択肢から除外しており、最悪日本に帰ることになったとしても、外資系の企業に行けばよいと思っていた。

人事と顔見知りの外資系企業もあったため、こちらから声をかければ雇ってもらえるだろう、くらいに思っていた。

修士論文を書いた企業のグループ会社 (日本にある) に行くという話も上がっていたが、その時は相手にしていなかった。どうせ新卒として雇われる (給料安い、勤務地わからない、仕事内容わからない) のがオチだろうと思っていた。

博士号を目指すとう選択肢もあったが、自分はあまり乗り気ではなかった。というのも、修論を書いた研究室の先輩に進路について相談したら、あまり進学を進められなかった。ちなみに、その人は3年ほど研究していたのだが、途中でプロジェクトがポシャってしまい、また1から別の研究をしなければならないという苦労人であった。

自分としてはドイツ (とくにミュンヘン) で仕事を見つけたいと思っていたので、そこに注力していた。厳しい時期ではあったが、人脈伝いで2社ほど面接を受けることができた。

そのうちの1社とは話が進み、契約の話まで出たのだが、結果的にはダメだった (単に自分の実力が足りなかったせいなのか、コロナのせいだったかはわからない)。

頼みの綱にしていた外資系企業からも、「今年は枠がないからごめん」と言われてしまった。不測の事態に備えて、ほかの企業の面接を受けていなかったことを悔やまずにはいられなかった。

そんな矢先、修論を書いた企業の上司 (日本人) から「日本のグループ企業なら枠があるんじゃないか。君の経歴なら中途採用でいけるよ」というたぐいの言葉をもらった。中途で雇ってもらえるなら話は変わってくるので、早速、会社の人を通して日本側に連絡をとってもらった。

会社の内部の人の推薦ということもあり、採用ステップは問題なく進んだのだが、1つ問題が生じた。それは聞いていた話とは違い、新卒枠での採用になってしまったことだ。

どうやら、私がグループ企業で論文を書いたことは「シャカイジン経験 」として認められないとのことだった。正直な話、ドイツでの経験が給料に反映されないと聞いた時は、動揺が隠せなかった。

ただの新卒採用であれば、留学などしなくても雇ってもらえただろう。そう考えると、自分が何のために留学したのか、何のためにグループ企業で論文を書いたのか、と自問自答せずにはいられなかった。

日本に帰るも難、ドイツに残るも難

内定をもらったのはいいものの、それを断ってドイツに残るかどうか真剣に考えていた。

なぜなら、日本の企業に新卒で雇われるのが嫌でドイツに来たのに、ここで新卒採用に甘んじてしまったのでは、留学をした意味 (直近的な達成目標) が見いだせなくなってしまうからだ。

ただ、新卒の給料という点だけに目をつむれば、十分な条件であった。配属部署と勤務地に不満はなかったし、仕事的に1人で進める業務がほとんどであったため、仕事仲間との人間関係を心配する必要もなかった。

一方、ドイツであれば給料がいいことはわかっていたが、仕事が見つかったとしても、自分の思い描く生活が送れる保証はなかった。

ちなみに私が思い描いていた生活というのは、ヨーロッパを旅行したり、外でおいしいビールを飲んだり、友達とフットサルをする、というものだった。しかしながら、コロナのせいで先行きが不透明になってしまったせいで、上記のような生活はしばらく (下手したら2~3年) 送れないだろう、と考えざるを得なかった。

正直な話、2021年の4月(修士を終えてから1年後)までにコロナ渦が収まるという保証があれば、私は間違いなくドイツに残っていただろう。しかし、現実はそううまくいくものではない。ドイツは2020年の秋ごろからずっと制限がかかったままで、この記事を書いている2021年5月においても元の生活に完全には戻れていない (ワクチンのおかげで復活の兆しが見えてきたが)。

たとえドイツ (できればミュンヘン) で仕事にありつけたとしても、プライベートが壊滅してしまったのでは意味がない、というのが当時の自分が出した結論であった (ミュンヘン以外の都市に引っ越すのが嫌だったという理由もある)。仕事とプライベートについて総合的に考えた末、日本に帰ることを決意した。

(今思い返すと、本当に日本に帰る必要があったのかと疑問視してしまうのだが、結局、どうするのが正解だったのかはわからない。)

不幸中の幸い

新卒採用で日本に帰ることになった結果に対して私は満足していないが、その中でもよいことはある。

まず、大学の専攻と仕事内容が一致していることだ。自分のやりたいことを仕事にできているので、そこに関して文句はない。ちなみに、親からは「自分のやりたい仕事ができるだけでも十分幸せなことやで」と言われ、「それもそうだな」と思っている自分がいる。

次に、勤務地と住居が東京近辺にあり立地がとてもよいことだ。入社前から立地がよいというのはわかっていたが、思っていた以上に便利な生活が送れている。(腐っても日本なので、コロナ渦であっても娯楽は充実しているし、友達とも会おうと思えば会える。)

最後に、幼稚園の親友が徒歩圏内に住んでいることがわかったことだ。彼とは家族ぐるみで付き合いがあり、何でも話せる仲だ。近くに住んでいることがわかってからすぐに会うこととなり、昔を思い出しながらたわいもない話をした。再会できて本当によかったと思っている。

もし自分がドイツに残る選択をしていたら、彼とは十数年会えていなかった可能性があると考えると、余計に複雑な気持ちになるのだが。

葛藤との戦い

今の生活のよいところについて書いてみたが、やはり自分の心の中には葛藤がある。現実として、今の会社において私はただの新入社員である。私がドイツで経験したこと(グループ企業で修士論文を書いたとか)は、1円も給料に反映されていない。古風な日本の会社からしてみればそんなこと当たり前なのだろうけど、私としてはむなしいばかりである。

私の中での給料の基準は修士の時の同級生たちの平均値であり、それ(年700万ほど)と自分がもらっている給料(年400万弱+家賃補助)との差が大きい以上、どうしてもそこに葛藤を覚えてしまう。

しかも今の会社は年功序列であり、給料の上がり方には個人差があまりでないと聞いている。正直、10~15年働いてやっとドイツの給料に迫れるかどうかといった感じだ。

結果として、私は完全にやる気をなくしている。頑張っても頑張らなくても評価はあまり変わらないのだから、新入社員に求められることしかやらなくていいでしょ、となってしまっている (そもそも新入社員に対して過度な期待は寄せられていない)。

その気になれば今の業務量の1.5~2倍はこなせるだろうけど、そんなことをするつもりはない。なんなら、英語で仕事ができるということもなるべく隠すつもりだ (ドイツやアメリカに留学していたことをほかの部署の人に知られたくない)。

同じチームで働いている人にはお世話になっているから、英語関連で何か頼まれたら手伝う (それでさえ渋々だが) が、それ以外のことで自ら会社に貢献する気は一切ない。

繰り返しになるが、新入社員としての平均的な仕事以上のことはしない。そして、与えられた仕事はサッと終わらせて、あまった時間は自分のために使うことにしている (プログラム書いたり、理論の勉強をしたり、etc.)。

自分で書きながら「コイツ、完全にすねちまったな(笑)」と思ったが、それと同時に、この反応はすごく当然だとも思った。

というより、そうすることでしか心の中の葛藤を整理することができなかった、と言ったほうが正確か。

唯一の理解者

ここまでつらつらと書いてきたが、私の心境というものは日本でずっと生活してきた人にはあまり理解されないのではないかと思う。

留学に行って大企業に入って、大学の専攻と仕事内容が一致している、という結果だけ見れば、世間一般の感覚からすれば私は恵まれている部類に入るだろう。実際、「留学いいなー」や、「やりたいこと仕事にできてるのいいなー」と声をかけられることが多い。

今私がいろいろと思い悩んでいるのは、ドイツという社会に根付こうと努力した結果であり、そのことを理解できるのは同じような経験をした人だけなのではないかと思う。

そういった意味で、今私の身近にいる人で考えを共有できるのは日本で働いているドイツ人の友達である。

彼はドイツの大学を卒業して、日本の企業に入った。ドイツでのインターンシップの経験もあるため、ドイツと日本の雇用文化の違いを知っている。

彼とはたまに会って、日本とドイツの文化の違いについて話をするのだが、そういう時に自分の考えが理解されていると感じることができる。その意味で、彼は私の唯一の理解者 (身近にいる人として) と言えるだろう。

今後の展望について

今の自分に必要なものは、自分の専門分野 (主に構造解析) で2~3年ほど働いたという職歴だと思っている (2~3年の職歴というのは、ドイツやアメリカの仕事の応募要件でよく見かけるもの)。それがあれば、諸外国で仕事を見つけるのが楽になる(もちろんビザの問題があるから一概には言えないが)。

いずれにせよ、今は力を溜める時期だと自分に言い聞かせており、時期が整ったらまた海外に出たいと思っている。

ニュースを見ている限りだと、アメリカでワクチン接種が進んでおり、今年の夏に元の生活に戻れる可能性があるとまで言われている。フランスやドイツでも各種規制が解除される様子だ。

うまくいけば、来年の夏にはコロナが過去のものとなっているかもしれない。そのころには構造解析の分野で3年の経験を積んだことになっているので、新しい挑戦をするのに良い時期となっているだろう。

エピローグ

ドイツに留学し、現地就職を目指したことで、ドイツ社会の仕組みの大枠 (雇用文化や教育システムなど) を知ることができた。個人的には、日本の外の世界を知ることは、長いスパンで見れば必ず自分の人生にとってプラスになると思っている (それゆえに余計な悩みが生じたりするけど)。

よくドイツと日本はどちらがよいかと聞かれるのだが、個人的にこれは優劣の問題ではなくて、自分がどちらを選ぶかという取捨選択の問題である。人によって意見は割れるだろうし、同じ人であっても時期によって意見が変わるかもしれない。

最後に、留学の結果は自分が理想としているものではなかったが、留学をしたこと自体は後悔していない。なぜなら、大学での勉強は自分が望んでいたものであったし、ドイツで経験したことは自分の中で一生生き続けるからだ。

実は、ドイツに留学していた時は日本の若者はみんな留学すべきなどと思っていたのだが、今は意見が変わっている。今の私のスタンスは、留学を勧めもしないし止めもしない、といった感じだ。

もしドイツ留学前の自分に何か言えるとしたら、「自信があるなら行ってみたら」と声をかけたい。

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